退職金は、長年の勤労の成果として受け取る大切な資金ですが、その受け取り時にかかる税金について十分に理解していないと、思わぬ税負担に直面することがあります。
知識を持たないまま手続きを進めると、せっかくの退職金から多額の税金が差し引かれ、老後の生活設計に支障をきたす可能性もあります。
本記事では、退職金にかかる税金の基本的な仕組みや計算方法などをわかりやすく解説します。これらの情報を正しく理解し、安心して退職金を受け取りましょう!
退職金にかかる税金の基本
まずは、以下にて退職金にかかる税金の基本知識を押さえましょう。
- 住民税と所得税
- 他の所得との違い
住民税と所得税
退職金に対する課税は、所得税と住民税の両方で行われます。所得税は、退職金を「退職所得」として分類し、他の所得とは分離して課税されます。具体的には、退職金から勤続年数に応じた退職所得控除を差し引き、その残額の1/2が課税対象となります。
住民税も同様に退職所得に対して課税されますが、所得税とは異なり、課税退職所得金額に対して一律10%の税率が適用されます。これらの税金は、退職金の支給時に源泉徴収されるため、基本的には確定申告の必要はありません。
他の所得との違い
退職金は「退職所得」として扱われ、他の所得とは異なる課税方法が適用されます。通常の給与所得や事業所得は総合課税の対象となり、すべての所得を合算して税額が計算されますが、退職所得は、分離課税として他の所得と合算せずに独立して税額が計算されます。
この分離課税の仕組みにより、退職金に対する税負担が軽減されるよう配慮されています。
退職金にかかる所得控除とは
引用:国税庁
退職金を受け取る際、税負担を軽減するための制度として「退職所得控除」が設けられています。控除額は、勤続年数や役職、退職の状況によって異なり、適切に理解することで退職金に対する税金を大幅に抑えることが可能です。
以下では、勤続年数による控除額の計算方法、役員退職金の特例、そして短期間での退職時の注意点について詳しく解説します。
勤続年数による控除額
退職所得控除額は、勤続年数に応じて以下のように計算されます。
勤続年数 | 控除額の計算方法 |
---|---|
20年以下 |
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20年超 |
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引用:国税庁
たとえば、勤続年数が15年の場合、退職所得控除額は40万円 × 15年 = 600万円となります。一方、勤続年数が25年の場合は、800万円 + 70万円 ×(25年 − 20年)= 1,150万円となります。
このように、勤続年数が長くなるほど控除額も増加し、結果的に課税対象となる退職所得が減少します。なお、勤続年数に1年未満の端数がある場合は、切り上げて1年と計算します。
役員退職金の取り扱いと例外
役員(取締役、監査役など)が退職金を受け取る場合、特別な取り扱いが適用されます。
特に、勤続年数が5年以下の役員が受け取る退職金(特定役員退職手当等)については、退職所得控除後の金額に対して、通常適用される「1/2課税」の特例が適用されません。つまり、退職金から退職所得控除額を差し引いた全額が課税対象となります。
たとえば、勤続年数が4年の役員が1500万円の退職金を受け取る場合、退職所得控除額は40万円 × 4年 = 160万円となり、課税対象額は1500万円 − 160万円 = 1340万円となります。この1340万円全額が課税対象となり、税負担が大きくなる点に注意が必要です。
短期間での退職時の注意点
一般の従業員が勤続年数5年以下で退職金を受け取る場合、税制上の特例により税負担が増加する可能性があります。
2022年1月1日以降、勤続年数が5年以下の従業員が受け取る退職金(短期退職手当等)については、退職所得控除後の金額が300万円を超える部分に対して、「1/2課税」の特例が適用されません。
具体的な例として、勤続年数3年で500万円の退職金を受け取る場合を考えてみましょう。退職所得控除額は、40万円 × 3年 = 120万円となります。
退職金から退職所得控除額を差し引くと、500万円 – 120万円 = 380万円です。このうち、300万円以下の部分(180万円)は1/2課税が適用され、180万円 × 1/2 = 90万円が課税対象となります。
残りの80万円は全額が課税対象となり、合計で90万円 + 80万円 = 170万円が課税対象となります。このように、短期間での退職時には税負担が増加する可能性があるため、事前にしっかりと確認することが重要です。
引用:国税庁
退職金の受け取り方法と税金の関係
引用:三井住友銀行
退職金の受け取り方法には、一括で受け取る「一時金」と定期的に分割して受け取る「年金形式」の2つがあります。それぞれ適用される税制や社会保険料の負担が異なります。以下で、それぞれの受け取り方法と税金の関係について詳しく解説します。
一時金として受け取る場合
退職金を一括で受け取る「一時金受け取り」の場合、所得税法上「退職所得」として扱われます。この際、勤続年数に応じた「退職所得控除」が適用され、控除後の金額の1/2が課税対象となります。
たとえば、勤続年数が30年の場合、退職所得控除額は800万円+70万円×(30年−20年)=1,500万円となります。退職金が2,000万円の場合、課税対象額は(2,000万円−1,500万円)×1/2=250万円となります。
一時金受け取りは税制上の優遇措置があり、税負担が軽減されるメリットがあります。また、一時金として受け取った退職金は、社会保険料の算定基礎には含まれないため、追加の社会保険料負担は発生しません。
年金形式で受け取る場合
退職金を年金形式で受け取る場合、受け取る金額は「雑所得」として扱われます。この際、「公的年金等控除」が適用されますが、控除額は退職所得控除に比べて小さいため、課税対象額が増える傾向があります。
さらに、年金形式で受け取る退職金は、国民健康保険料や介護保険料の算定基礎に含まれるため、社会保険料の負担が増加する可能性があります。たとえば、年間の受取額が多い場合、所得税だけでなく、住民税や社会保険料の負担も増えることになります。
そのため、年金形式での受け取りは、税負担や社会保険料の増加を考慮することが重要です。
退職金にかかる税金の計算方法
退職金を受け取る際の税金は、所得税と住民税が主な対象となります。税額は、退職金の金額や勤続年数に応じて計算され、適用される控除や税率も異なります。以下では、退職金の税額計算の流れと具体的な計算例について詳しく解説します。
退職金の税額計算フロー
退職金にかかる税金の計算は、いくつかの手順に沿って行われます。
ステップ | 計算内容 |
---|---|
1. 退職所得控除額の計算 | 勤続年数に応じて控除額を算出 |
2. 課税退職所得金額の計算 | (退職金の総額 – 退職所得控除額) × 1/2 |
3. 所得税の計算 | 課税退職所得金額 × 所得税率 – 速算控除額 |
4. 復興特別所得税の計算 | 所得税額 × 2.1% |
5. 住民税の計算 | 課税退職所得金額 × 10% (一律) |
引用:国税庁
こうした一連の計算を経て、最終的な退職金にかかる税額が決定されます。
税額の具体的な計算例
具体的な計算例を見てみましょう。たとえば、勤続年数25年、退職金3,000万円を一時金として受け取る場合、まず退職所得控除額を算出します。勤続年数が20年を超えるため、控除額は「800万円 + 70万円 × (25年 – 20年)」となり、計算すると1,150万円です。
次に、課税退職所得金額を求めます。退職金総額3,000万円から控除額1,150万円を引いた1,850万円を半分にし、最終的に925万円が課税退職所得金額となります。
そして、所得税の計算では、累進課税が適用されます。課税退職所得金額925万円に対して税率23%をかけ、さらに速算控除額63万6,000円を差し引くと、所得税額は148万1,750円になります。
続いて、復興特別所得税を算出します。所得税額148万1,750円に2.1%をかけると、約3万1,116円となります。住民税は一律10%の税率が適用されるため、925万円の10%で92万5,000円です。
以上の計算結果から、所得税148万1,750円、復興特別所得税約3万1,116円、住民税92万5,000円を合計し、約243万7,866円の税金が課せられることになります。
退職金の税金に関する源泉徴収と確定申告のポイント
退職金を受け取る際には、適切な税金の手続きを行うことが重要です。特に、「退職所得の受給に関する申告書」の提出状況によって、源泉徴収の方法や確定申告の必要性が変わります。ここでは、申告書の提出と確定申告が必要となるケースについて詳しく解説します。
退職所得の受給に関する申告書の提出
「退職所得の受給に関する申告書」は、退職金を受け取る際に退職金額や勤続年数に応じた正確な税額を計算し、適切な源泉徴収を行うために必要な書類です。この申告書を退職金の支払いを受ける前日までに勤務先に提出することで、退職所得控除が適用され、税負担が軽減されます。
申告書を提出しない場合、退職金の総額に対して一律20.42%(所得税および復興特別所得税)の税率で源泉徴収されるため、本来よりも多くの税金が差し引かれる可能性があります。
引用:国税庁
確定申告が必要になるケース
通常、「退職所得の受給に関する申告書」を提出していれば、退職金に関する税金は源泉徴収で完結するため確定申告は不要です。しかし、以下のような場合には確定申告が必要となることがあります。
ケース | 説明 |
---|---|
「退職所得の受給に関する申告書」を提出しなかった場合 |
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医療費控除や寄附金控除などを受ける場合 |
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年金形式で退職金を受け取る場合 |
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以上のように、退職金の受け取りに際しては、適切な書類の提出と自身の所得状況に応じた確定申告の判断が重要です。特に、申告書の提出を忘れると過剰な税負担が生じる可能性があるため、退職手続きの際には注意が必要です。
退職金にかかる税金についてのよくある質問(FAQ)
退職金に関する税金の疑問は多くの方が抱えるものです。以下に、特によく寄せられる質問とその回答をまとめました。
通常、退職金を受け取る際に「退職所得の受給に関する申告書」を勤務先に提出していれば、所得税や住民税は源泉徴収されるため、確定申告は不要です。
しかし、申告書を提出しなかった場合、一律20.42%の税率で源泉徴収されるため、確定申告を行うことで正確な税額を計算し、過剰に支払った税金の還付を受けることができます。
退職金にかかる税金の計算方法は、自己都合退職と会社都合退職のいずれの場合でも基本的に同じです。ただし、特定の条件下では、割増退職金が支給される場合があり、その際の税金計算に影響を及ぼすことがあります。
具体的な状況に応じて、税額が変わる可能性があるため、詳細は専門家に相談することをお勧めします。
退職金にかかる税金を簡単に試算できるオンラインツールがあります。たとえば、カシオの高精度計算サイト「Keisan」では、退職金の金額や勤続年数を入力することで、所得税や住民税の概算額を計算できます。ツールを活用して、事前に税額の目安を把握することが可能です。
退職金にかかる税金まとめ
退職金には、所得税と住民税が課税され、適用される控除や計算方法によって税額が大きく変わります。特に「退職所得控除」により課税対象額が軽減され、課税所得の1/2が計算対象となる仕組みは、一時金での受け取りの大きなメリットです。
また、「退職所得の受給に関する申告書」を提出すれば、確定申告が不要になる場合が多いですが、短期退職や役員退職金などの特例には注意が必要です。退職金の受け取り方法によって税負担が変わるため、事前に計算し、最適な方法を選択することが大切です。
